二胡の奏法・構造分析・改良・中国の琴行情報、広州・上海ネタなど
by Star Gate Erhu
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2018年 06月 11日 ( 1 )
上海 金陵東路 楽器街の過去~現在、そして
360个人图书馆という WEB サイトに、
👉金陵东路:悄然转型成为乐器一条街
という記事があった。
「金陵東路は、静かに楽器街になった」ですかね。

内容を読んでいくと、金陵東路は、時代の流れとともに落ちぶれて、
楽器街になってしまった。
とも取れます・・・・

金陵東路と言えば、上海在住、または上海に行ったことのある
二胡関係者には有名な楽器街。 
このブログでも何度となくこの街を取り上げてます。

👉上海 金陵東路 の 琴行にて 2009/09/17    
👉上海 金陵東路 楽悠琴行(乐悠琴行)にて  2012/01/26
👉石橋楽器 上海金陵東路店 開店  2012/04/30
👉金陵東路 楽悠琴行 ウチダ駒デビュー  2012/05/02
👉 久々の上海金陵東路楽器屋街 2014/07/21
👉上海 金陵東路 石橋楽器 リニューアルOPEN、って 2015/08/19

さて、この記事の内容の出だしだけを軽く紹介すると

金陵東路は1860年 太平天国の乱の時代に建てられ、
当時フランス租界の中心だった。
その後広州から多くの商人が移り住み、建物を建て商売を行っていた

※当時、金陵路は、南京路に並ぶ2大马路と言われる位栄えていたらしい。

あとは頑張って、元記事の中国語 読んでね(^^;;

→ うっちーの感想:確かに、広州から上海に転勤した僕としては、
  なんとなく懐かしい華南の風景だな~と感じてました。

その後。魯迅や蒋介石が活躍した時代、第二次大戦、改革開放の時代を経て現在に至るのですが、どうやって、この街が楽器街になったのかには触れられていません。
近隣の淮海中路、南京路、外灘などの地域の発展により、金陵路の商業的価値、土地代もさがり、そこに民族楽器を中心とした楽器屋(琴行)さんたちが移り済んだのでは、と想像しています。

ここ1年半ほど、金陵東路には、行っていませんが、都市再開発がこの町まで及び、多くの建物が取り壊し、改修が行われ始め、それに伴い、楽器屋さん(琴行)も移転しているそうです。
再開発が終わったら、戻ってきてほしいもんですが、テナント料も大幅に上がるであろうことから、可能性は低いと思われます。
それでなくても、上海の琴行で売られている二胡は、蘇州・無錫の 3~4割り高いと感じられます。
つまり、上海の「街売り」の二胡の価格には、ショバ代が含まれているんですね。人件費も高いし、これ以上高くなって貰っては困ります。

今、金陵東路がどうなっているかは、秋にMusic China行った時にでも見てきます。


1860年代、街が出来た頃
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1900年前半~
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1900年後半~
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2000年代始め

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by soukichi_uchida | 2018-06-11 17:22 | 二胡よもやま話 | Trackback | Comments(0)